Sweet dreams

カテゴリ: 日々雑感

EURO2020の決勝の感想です。

決勝はイングランドvsイタリアでした。両チームともに準決勝で延長戦までフルに戦ってのものだったので、多少パフォーマンスは落ちるのかなと思いながら見ていましたが、そんなことは全くなく、決勝らしいアドレナリンの出ている試合でした。

試合を通して開催国のイングランドが試合を支配していたように思いますが、イタリアは準決勝のスペイン戦と同じようにほぼほぼ死んだふり作戦(実際に殴られていたかもしれませんが)をしていた印象です。攻撃の質はスペインの方が高かったでしょうが、イングランドが開始直後にゴールを奪ったことを含めてボールへの執着が強く支配できていたように感じました。そんな中でもイタリアは右サイドのキエーザを中心に何とか敵陣に拠点を作って打開しようという雰囲気を感じました。

ここ数年、Jリーグばかりを見ていてあまり海外サッカーを見ていませんでした。スペイン代表ですら1,2回しか見たことない選手が多く、知らない選手も多数。それはデンマークもそうですし、この決勝のメンバーもそうです。そんな名前も聞いたことない選手が完璧なプレーをしているというか、穴のないプレーを見せていることに衝撃を受けました。現在のU-24世代の日本代表の選手って本当に技術的にも戦術的にも上手いなと思うんですが、それってやっぱり世界のスタンダートが上がっているだけで、日本代表の選手だけが上手くなっているわけじゃないんだなというのを改めて痛感しましたね。サッカーは足を使ってやるからこそ「ミスのスポーツ」と言われていた訳で、ミスがあるからこそ曖昧な部分というのが残って遊びが生まれるのが良さだった思うんですが、昨今はポジショニング等含めて「ミスをしたら負けなスポーツ」だなと思いました。完璧に近いチーム同士が戦えば90分では決着がつかない。そのことが良くわかりましたね。

イタリアは確実にキーになっていたキエーザが負傷交代しました。その瞬間に「イタリア終わった…」と思ったんですよね。負傷交代したキエーザが泣いていたのを見てグッとき過ぎました。完全に流れはイタリアに無くなったと思ったんですが、それでもPK戦の末に勝つんだから凄い。PK戦は本当に壮絶でした。5人ずつで決着がついたのにこんなに壮絶なPKはないと思います。止めなきゃ負けの局面でPKの名手ジョルジーニョを最後まで反応して止めたピックフォードは痺れに痺れた。日本で例えるなら決められたら負けの局面で出てきたようなイメージでしょうか。開催国のGKがそんなビッグプレーを見せたら流れなんて持っていかれるはずなのに、冷静なセーブで試合をモノにしたイタリアのドンナルンマ。PK戦だけでも見てほしい試合です。感情が高ぶり過ぎて普通に泣いてました。

EUROとは関係ありませんが、コパアメリカ(南米のEUROと同規模の大会)でアルゼンチンが優勝してメッシがキャリア初の代表タイトルを獲得したのは本当に嬉しかったです。彼は上記のようなミスのないサッカーを個人で打開してしまう、現世に存在しうる唯一の選手ですからね。代表タイトルがないというだけで正当な評価を得られないなんてあってはいけない選手です。それにしても岡田繁幸さんが無くなって初のクラシックが制覇できたり、マラドーナが亡くなった次の大会でタイトルが取れたり、そういうのってあるんですかね?

すみません。前の記事は小ネタのつもりだったのが長くなりすぎたので続けてです。

与太話です。

数年前から絵画を見るのが好きで、先日フラッと1時間ほど車を飛ばしてちっちゃい美術館に行きました。自分以外の観覧者はいないような場所だったのですが、前に結構ハマっていた時に見たかったような絵が数点展示されているということで行きました。

美術なんてほんとに嫌いで一度も良い成績を取れたこともないような人間でしたが、こうして大人になると好きになるから不思議です。自分はサッカーでも競馬でもアイドルでも、本当になんでもそうですが、全然なんもないことを深く考えるのが好きなのかもしれません。絵を見てるとそういうところがくすぐられるような感じがして好きなんですよね。上で書いているハマっていた絵は印象派と言われるカテゴリーのもので、そこから現代アートに至るまでの感じが好きなんですが、人によってはただの下手くそな絵に見えなくもないし、多分うまいと感じる絵は人それぞれなんだと思います。ちなみに今回は佐野ぬいという女性画家の絵が個人的に気に入ってしばらく眺めていました。
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この絵は以前やっていたバスキアという画家の展覧会の撮影可能エリアで取ったものなのですが、まぁ何がなんだかわからないけど凄く価値がある絵です。よくわからないけど惹かれている多くの人は、Supremeのシャツなら幾らでも出す人と変わらないのかもしれません。でも冷笑気味に書いていてもそれが間違っていると証明できるものは何もなくてそれが良いと思います。たまに4つの絵の中に1つだけ本当に価値のある絵があって、それを当てるみたいな企画ってあると思うんですが、あれで価値がないとされているものを価値があると思ったところで間違いじゃないと思うんですよね。(この人の絵を当ててくださいなら間違いなのですが)例えば上のような絵も、何でもないものを誰かが価値があると感じて、それがバブル的に跳ね上がったわけでしょうし。

一口馬主をやっているともちろん活躍して価値あるものを見つけたいなと思うのですが、結局は使い得る客観的なデータと、あとは自分が価値があると感じるものを選ぶしかありません。あるに越したことはないものを全て揃えていてもダービー馬になるわけじゃないですからね。そうはわかっていてもたまに周りが見えなくなる時があるので、そういう時に絵はぴったりだと思っています。モヤっとしたときに良いです。

余談ですが、自分の父は幼少期から絵が上手くて賞とかを取っているような人間なのですが、そんなような教育は父から受けたことが無いせいか自分には全く伝わらなかったなと最近まで思っていました。上述のように美術館にかなり通っていた時期に凄く好きな作家が居て、その話を父にしたところ、父もその画家が一番好きで家に数点あったのにはさすがにびっくりしました。なんでびっくりしたかというと、その絵が自分がいつも通っていたリビングにずっと飾られていたからです。育ってきた環境が違うから好き嫌いは否めないみたいな話でした。

ほんまもんの与太話です。

先日、たまたま家にいたタイミングでインターホンがなりました。次からは気を付けようと思ったんですが、モニターで応対するのが面倒くさくてダイレクトでドアから出ました。そしたら保険の営業さんが、”その家の家族構成と世帯の保険加入状況の確認”を挨拶と称してやる活動をしていました。自分は前職でそんなことをやっていたこともあったので「このアンケートも成績の1つになるんだろうなぁ」と思って自分の加入状況を伝えました。その人は6月に入社したばかりで大分遠い地域から来たようで、正直あんまり知識もないんだろうと思う感じの人でした。大変な気持ちは理解すれど、自分の既存生命系の保険商品以上のものが存在しないことも良く知っているので、絶対に対面のみじゃ加入できないような病気を偽って適当に流したのですが、毎日付近を回っているそうで確認して明日も来るという返答。

かなりめんどくさいなと思いながらも、大体は営業さんが持っているタブレットである程度の項目を入力すると加入できるかどうかの診断ができるものがあるので、どうせ知識ないだろうから進めていけば加入不可になるから時間もかからんだろうと思っていました。そして営業さんが来たので早速やろうとしたら「お客様の病気はタブレット上だと加入不可なので、明日病院で検査をお願いします」という一言。いや俺そもそも今加入しているって言ってるよね?俺から入りたいって言ったわけじゃないぜ?と思いながらも、そういう話に持ち込んで引けない気持ちも理解できるのではっきり断った後に、実際そこの会社のノルマとかってどんな感じなの?と聞くと、ほんとかどうかわかりませんが”2か月契約が取れないと強制退社”で、1か月がちょうど過ぎたところだということでした。多分これを読んでいる人はそんな会社辞めりゃいいじゃんと感じると思いますが、保険の営業ってやっていると契約が取れないと人生終わるんじゃないかなくらいのことは感じるんですよね。

自分がどんなに”こいつはただのお客さんで、俺の人生に関わりない人間だ”と思っても、営業で断られるのって傷つきますよね。この間あちこちオードリーで星野源が話していた「バラエティ番組で腐されて落ち込む」というのに似ていると思いました。自分は例え契約ができたとしても果たしてこの契約はあの人にとって最適なものだったのか、口が上手く進んでまとまったけどそれでよかったのかを考えてしまう人間でした。自分は牛乳を売るしかできないのに、牛乳以外のものを売る手段が何一つないのに、その人が牛乳を買ってくれているのに、その人は牛乳がほんとに好きなのかな?と考えてしまいます。断られても傷つくのに無事に契約がまとまってもなんだかモヤモヤする。上司が褒めてくれても「それって商品を褒めているんだよね?」と思ってしまう。でもそれを毎日やっていると起きているときはもちろん寝ている時も夢で営業している光景が思い浮かぶんですよね。だから他のことを考えている余裕が無くて文字通り地獄でした。

断った後に地獄みたいな表情をしていたのもありましたが、ちょうど自分は個人年金保険を探していたので、そういうのがあれば加入するよ(どこの商品も大して変わらないので)というと、心底嬉しそうな顔をしていて逆に恥ずかしくなりました。自分も苦しくてギリギリの時に半ばお願いで加入してくれた時にお客さんの前で胸が一杯な気持ちになったことが何度かあります。(終わって帰る時に情けないなと思って泣きそうになるのですが)自分のお客さんは結構高齢の方が多くて、もしかしたらもうこの世にはいないのかななんて思いながら、それでもたまに思い出してあの時はありがたかったなと思います。自分がそういう存在になりたいわけじゃないですが、別のものを探しているタイミングと生まれて初めての保険の勧誘だったので、そういう縁だったんだと思います。そういう縁を探すように頑張るしかないよと思いながら、その後毎日ポストにお菓子と名刺が入っていたので、特別な利益の提供に当たらないように気を付けてねとメッセージと送ったので、しばらく来ないことを願っています。

オードリーのオールナイトニッポンで度々触れられている若林の膝の怪我。箇所は若干違えどほぼ同じ怪我をしていたので、怪我した時のことを思い出して膝が痛くなります。膝の靭帯は一度緩んだら治らないというのはなんとなく知られていることですが、膝の靭帯が緩んだあの感覚を思い出すとゲロ吐きそうになります。自分は大会の初日で怪我をして、大きな怪我じゃないだろうと思って次の日も違和感覚えながら試合に出ました。普通にプレーしていて、全力でボールを蹴った時に膝の下全部吹っ飛んでいった感覚は忘れられないですね。

本題ですが、猫を飼いたいと思っています。昔から飼いたかったのですが、家がペットNGだったのもあり今まで飼ったことがありません。昨年から一人暮らしを始め、さらにその欲求が強くなりました。元々は自分が一人暮らしで猫を飼っている人間が大体嫌い(相性が合わないことが多すぎるため)だったので、一人暮らしのうちは飼いたくないと思っていたのですが、自分も大した人間じゃないやと思い飼う方向で動き始めました。ただ、その上で色々調べると葛藤することがあって、それを吐き出したいと思いキーボードを叩いています。

当たり前ですが、まず猫をどこかから調達(表現が悪いですが)しなければいけません。母親に同じ話をしたところ「猫って貰うものでしょ?」という返答がきたように、誰かの家で生まれた子猫を譲ってもらうというのは一つありますが、主なルートはペットショップでしょう。これまでの人生で猫を譲ってもらえそうなシチュエーションに遭遇したことがないです。なので、ペットショップが妥当と思い調べると「ペットショップで買うな」とひっかかります。ざっくり要約すると売れる猫を大量生産したり、劣悪な飼育環境で育てたりする悪徳ブリーダーがいて、それを安価で買って高く売るショップの存在が不幸な命を増やしているということだそうで、気軽に買える存在になったからこそ捨て猫が生まれるという循環が起こるため、保護猫を里親として譲り受けることでショップで買わなくても猫が手に入るから商売が衰退する、ペットショップが買い叩かないからブリーダーは撤退するという循環だそうです。

そっか、じゃあ保護猫を里親として迎えるのが良いのかと思ったのですが、保護猫の里親を探しているNPOの団体や、募集サイトを見ると「ペット可の物件」、「家族の同意」、「室内飼い」等それはそうだろうと思う条件がある中、「単身者不可」、「小学生以下の子どもがいる家庭不可」、「60歳以上不可」、「不在時間が一日に4時間以上の家庭不可」、「単身者の場合、有事に別居家族が引き継ぐ旨の同意署名(もしくは付き添い)」、「収入証明書の提出」、「月に数回の定期的な猫の状態報告(または訪問)」、「里親決定時は必ず自宅に訪問し、間取りの確認」等パターンによって様々ですが、こんな条件が掲げられます。さらに「過去に猫を飼育している人優遇」があったりするので、独身男性が里親として譲り受けるのはかなり厳しいですよね。保護猫って要するに捨て猫や野良猫です。(結構えぐい捕獲方法です)よく保健所で犬や猫を貰うというのがありますが、実際に保健所のHPを見るとほぼその手の猫はいません。というのもこれらの団体がHP掲載とともに引き受けにいったり、そもそも委託されていたりするからです。本来的に猫は貰うものという頭でいたので、わざわざペットショップで少なくとも10万オーバーの出費をするのと、それで不幸な猫が減るのであれば…と思っていましたが、この現実は正直ゲンナリしました。

もちろん「ペットショップやブリーダーのせいで不幸な猫がいる」という考えは発想としてわかります。ただ、そもそも自分は競馬という、それでしかない成り立っていない業界に関わっているため、商品として売られる命が不幸とは思えないんですよね。保護した猫に幸せな生活を送ってほしい気持ちは理解する一方、可能性を限定しすぎと思うし、ペットショップを悪と見る根拠にはならないと思いました。保護猫を引き取るにも最低限の費用があって、それは接種しなければいけないワクチンや、治療代、去勢代なのですが、大体2~3万です。もちろん引き取れるならこのくらいの費用は負担しなければと思いますが、大概は上記条件でダメですし、珍しく条件が緩いなと思ったら、すでに病気の猫だったり、成猫(5歳以上)だったり、そんなこんなで初期引き取り費用10万近くなんてこともあります。それは命の選別しているでしょと。やっていることはペットショップと変わらないんじゃないか?と思いました。同じ例を競馬で考えると、セレクトセールで5000万の馬を買う人はおかしいと思いませんが、サラブレッドオークションで既走馬に5000万は払いませんよね。愛玩動物を走るために存在しているサラブレッドはと比較するのは違うのかもしれませんが、自分には頭が切り替えられません。

残念ながらそんなことに気が付きました。動物の命を選別することに全く躊躇がないんですよね。なので保護猫という線は薄いのかなと思っています。現在ペットを飼える環境下ではないので、直接見に行ったりとかアクションを起こしているわけではないので、今後保護猫のイベントとかに行ってたまたま条件が合ってということが無いわけじゃないと思います。ただ、このご時世で予約必須で、上の条件と自分を照らし合わせてイケると思えるほど自信がある人間じゃないので…。ショップ(ブリーダー)が本線でしょうか。とりあえず来月引っ越してペット可になるので、ゆっくり探していこうと思います。春になり、野良猫が出産するシーズンだそうなので、捕獲した人は来月以降であれば声かけてください。モヤっとした気持ちを発散するために書いた駄文でした。お付き合いありがとうございます。





自分が趣味としている競馬、特に一口馬主、サッカー、特に浦和レッズについても書きたいことがあるのですが、それは年明けに色々書くとして、大変な一年になった2020年は自分にとっても変化があった年だったので、それを覚えておくために酔っぱらいながら、星野源のパフォーマンスを見ながら書いています。

実質3月から全世界的に制限がかかった生活でしたね。自分にとってこれは大きなことで、それは特に仕事の面での自分の見直しが一番大きいことでした。自宅勤務という名の休みが続く中、機能が低下していく社会の中で、自分は果たしてこの仕事をいつまでやるのだろうという気持ちになりました。良く知っている人は新卒で入社した数か月後から辞めたいと言っていたのを聞いていると思います。ただ、それに対して行動するまでは至っていなかったし、そこの一押しが働いたのは確実にコロナによる社会情勢の変化でした。

どうせなら好きなことに関わっていきたいと思いました。こうした社会情勢なので、すぐに上手く行くとは思えず「年明けくらいに転職できれば」なんて思っていましたが、急転直下で新しい仕事が決まりました。環境の変化でしんどいなと思うことも多々ありましたが、それに対してチャレンジできた1年でした。1年前の自分が聞いたらどう思うのでしょうか。心の準備はできていたでしょうか?もちろん仕事は仕事なので、きついことはありますが、本当に価値があると思える瞬間があって、そのことは1年前の自分に話してあげたいなと思います。

もう一つデカかったのは、自分が生まれてからずっと一緒にいた祖母がコロナで精神を病んでしまい、急遽入院することになったことです。外部との連絡が遮断されているのと、本人の気が向くまでは連絡しないという方針があったので、自分は病院に連れて行ったあの日から一度も会っていません。さながら死んでしまったような感覚です。何かと気が利いて、自分が好きになったものを一緒に好きになってくれる人なので、早く話がしたいなぁと思っています。今日聞いた話で、先日、本人から電話が来て「そろそろ戻りたい」という話が来たようです。これはちょっと良いニュースだなと思ったし、来年良くなれば良いと思います。

毎年、「来年もみんな元気でいれば良いな」思っていて、親も含めて、誰も欠けなければ良いと思いますが、その時が来た時に備えるというのも大人になることかなと思います。大人になった感覚が無くここまで来てしまいましたが、今年はほんの少しだけ大人になれたかなと思います。こういうほんの少しを来年も積み上げることができれば良いですね。

娯楽の存在が身に染みた一年でした。そうしたものに助けてもらいながら、来年も頑張りましょう。大事な人たちの幸せを願っています。良いお年を。

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